1978年 |
帝塚山大学教養学部卒業 |
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顧客接点窓口の基本的なノウハウを学びました。 |
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| 1984年〜 |
株式会社ベルシステム24入社、営業企画に所属。 クレジットカード会社・保険会社等のカスタマーサポートコールセンター業務の構築・運営管理に携わる |
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人材の育成・管理に関する経験を深めました。 |
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| 1987年〜 | 株式会社もしもしホットライン創業時 もしもしホットライン社に入社、オペレーション部長に就任。採用業務、教育業務、オペレーショ ンマネジメント業務の立ち上げ・構築に携わる ・教育プログラム開発構築、品質評価の制度化、採用基準策定、オペレーションマネージメントの実践などを主な業務とする |
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顧客接点窓口に関するフロントランナーとして活躍しました。 |
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| 1993年〜 |
株式会社もしもしホットライン拡大時 企画営業推進部長に就任、新規営業開発を担当する その後、事業拡大に伴い再度、教育研修部長に就任し教育研修機能の拡大を図る ・新規営業開発部隊の稼働・構築、教育トレーナーの増員・育成、教育業務の外販などを主な業務とする |
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| 1998年〜 | 営業推進部長に就任、新規営業開発業務に戻り金融業界を中心とした営業開発に携わる 日本版金融ビックバンに際し、「顧客窓口の一元化」することによる効果を提案、売上拡大を果 たす |
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顧客接点窓口が生み出す価値を全国に広げました。 |
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| 1999年〜 | 取締役就任 取締役常務執行役員 就任 株式会社もしもしホットライン地方拠点展開時 支店運営統括業務を担当。地方拠点の営業力・運営力拡充を目的とし、エネルギー業界を中心とする営業を開発・推進する。企業の地方進出が活発化する中で、支店機能の拡大強化を 実現。以降、担当役員として統括業務に携わる |
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| 2004年 | 取締役常務執行役員 就任 |
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| 2008年 | 取締役専務執行役員 就任 |
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顧客満足、人材育成の重要性を啓発しています。 |
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| 2002年 | 英国政府主催の「英国CRMセミナー」にパネラーとして参画。「日本企業の動向及びコンタクト センターの日本国内における最近の状況」をテーマに講演。日本企業数社とともに英国へ視察団のコーディネーターとして参加する |
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| 2004年 | 財団法人日科技連「クオリティフォーラム」パネラーとして参画。 「顧客満足(CS)維持向上のしくみ」をテーマに講演する |
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| 2005年 | 沖縄県「企業誘致シンポジウム」にパネラーとして参画。 企業人材の育成課題をテーマに講演、県下への人材育成機関の設置を提言する |
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| 2007年 | CSR・ダイバーシティプロジェクトを立ち上げ、
活動を推進。 業界誌「Contact Center management」Vol32/2007年8月号(CCM総合研究所発行)に単独インタビュー記事掲載が掲載 |
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| 2008年 | 清泉女子大学「企業セミナー」女子学生に向けて女性役員としての働きがいを講演する |
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(株)ジェイ・ソルをスタート、新たなチャレンジを始めました。 |
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| 2009年〜 |
創業より22年間勤務した株式会社もしもしホットラインを任期満了を機に退社 株式会社ジェイ・ソルを起業する |
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マーケティングを中心に、知識・スキル・ノウハウを積み重ねてきました。 |
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| ・慶應義塾大学/ニューヨーク大学経営学大学院MBA(マーケティング・広告) ・味の素、エーボン化粧品、ジャスコ、電通アイ、日本タッパーウエア、 ボーゼル(外資系広告代理店)上席副社長を経て、 1999年有限会社増野クリエイティブマーケティング室設立 ・2008年業務拡張に伴い、 社名をフィルダッドコンサルティング株式会社に変更、 現在に至る |
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人の「心」を科学するマーケティング&クリエイティブが専門分野です。 |
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| ・ロイヤルユーザーのインサイト調査/既存マーケット分析に基づく マーケティング戦略構築 ・マーケティング戦略に基づいてディレクションを行うクリエイティブ ・女性消費者の購買行動分析に基づくコミュニケーション戦略・戦術構築 ・企業のターンアラウンド戦略構築(ブランド再構築) ・女性社員の人材開発/男性社員のマインドセットチェンジ開発 ・上記各分野およびワーク&ライフバランスなどの企業活性化の講演 |
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さまざまな企業のお役に立ってきた、確かな経験と実績があります。 |
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| ・味の素株式会社:海外事業部所属 ・エーボン化粧品株式会社:プロダクトマネジャー <商品開発/販売戦略/販売カタログ制作> ・イオン(ジャスコ)株式会社:通販会社設立プロジェクト・コ・リーダー ・株式会社電通アイ:エグゼクティブ マーケティング ディレクター <消費者調査/商品開発から販促・広告制作までのトータルマーケティング> ・日本タッパーウエア株式会社: 執行役員マーケティング本部本部長 <消費者調査/商品開発/販売戦略/新規事業開発/広告宣伝・PR> ・ボーゼル株式会社(外資系広告代理店):上席副社長 <経営戦略/広告宣伝/PR/メディア戦略> ・有限会社増野クリエイティブマーケティング室/ フィルダッドコンサルティング株式会社: <各企業の消費者調査・分析/商品開発/パッケージ開発/ブランド構築/ コミュニケーション開発および制作を中心とするマーケティング コンサルテーション/人材開発コンサルテーションサービス> |
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1970年 |
横浜国立大学 経済学部 卒業 |
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経理財務知識と経験を身につける。 |
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同 年 |
三井物産株式会社入社、国内経理部門に所属 | |
1974年 |
三井物産ロンドン支店 会計課勤務 三井物産で最初の10年間、国内・海外の経理・財務実務を経験 |
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海外J/V勤務により、後の経営者としての資質を身につける。 |
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1981年 |
米国三井物産ヒューストン支店に勤務 5年間の米国勤務の内後半2年間を、三井物産がテキサス地元資本の石油掘削用 鋼管加工販売会社と資本提携するに際してVice Presidentとして単独出向する 唯一人の日本人として米国企業にどっぷり浸って米国流経営を身近に体験し、その後の経営者としての資質と基本を身につける |
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もしもしホットライン設立に携わり同社基盤を築く。 |
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1987年 |
三井物産によるコールセンター運営を主業とする株式会社もしもしホットラインの設立に携わり、設立後は筆頭常務として同社の基盤を築く |
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行き詰まった企業をコールセンター運営会社に変身させる。 |
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1989年 |
三井物産帰任後、三井物産と北海道地元資本との合弁企業であるビデオテックス事業会社に出向し、事業が行き詰まった同社の業態変革に取り組み、札幌でのコールセンター運営会社として再生させる 5年後同社はもしもしホットラインに合併される |
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もしもしホットラインの社長就任、 そして店頭公開、東証2部を経て1部企業に。 |
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1992年 |
三井物産に戻り、設立後停滞が続いていたもしもしホットラインに再び筆頭常務として出向し、同社を成長軌道に乗せる |
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1996年 |
同社社長に就任。それまでに得た経理財務知識、海外J/V企業の経験、更に破綻 寸前企業の再生実行で得た能力、知見を生かして、もしもしホットラインの成長 を加速させ、同社を店頭公開、東証2部を経て、2002年東証1部企業へと導く |
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2008年 |
もしもしホットライン社長退任 |
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2010年 |
同社顧問を退任 |
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現在 |
社団法人日本データセンター 監事 清泉女子大学 評議員 |
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